医療用ウィッグのJIS規格化は保険適用をめざす第一歩

※所属、役職は取材当時のものとなります。

抗がん剤などによって脱毛した患者さんが、医療用ウィッグの装着で笑顔になり、行動範囲が広がる人も出てきた。
しかし、そこには混乱も垣間見える。医療用ウィッグとは何か、そして医療用ウィッグは何を基準に選べばいいのか──。
そこで、医療用ウィッグのJIS規格化づくりがはじまった。

消費者が医療用ウィッグを選ぶための基準づくり

医療用ウィッグはどのように定義されているのですか。

基本的に医療用ウィッグという製品はありません。現時点では各社がそれぞれ勝手に医療用ウィッグとして販売しているわけです。だから消費者は、どれを使ったらいいのか分からない。A社に話を聞きに行った人はA社のものを、B社に行った人はB社のものを購入する。しかし、「どっちが良いの?」と言われても分からないし、なかには困っている人もいる。例えば、A社もB社もすごく良い物を作っているが、D社やF社は問題のあるものを作っているかもしれない。そのあたりの事情は患者さんは知らない。まして、私たち医者も知らない。だから、どういうものを勧めて良いのか、という問題は出てきます。

医療用ウィッグのJIS規格化はどのような価値がありますか。

日本毛髪工業協同組合が核となって、医療関係者や使う側の人たちなどいろいろな人が集まり、医療用ウィッグの統一規格を作ろうという動きが出てきました。それは非常に好ましいことだと思いました。
というのも、ウィッグというのは直接皮膚に触れるものですし、丈夫なだけではダメな製品です。かぶれを起こしたりしないなど安全性が重要視されますし、その安全性についてもきちんと調べたほうが良いのではないかと。また、この委員会のスタート時には抗がん剤による脱毛の人を対象にしていましたが、それだけでは不十分で、頭に放射線を当てても永久脱毛になるわけですし、また、円形脱毛症というとみなさん小さいものを想像しますが、頭髪がすべて抜けてしまうような円形脱毛症もあります。そういう重篤な円形脱毛症も対象にしました。さらに数十万人に一人とその頻度は少ないのですが、遺伝子の異常で生まれつき髪の毛が乏しいお子さんもいます。そういう人たちも対象にした医療用ウィッグでなければなりません。委員会では対象患者が使用する場合のJIS規格化の方向性から始めました。

現在は、どのような段階にきているのですか。

分科会は割とたくさん行われていて、今年はすでに全体委員会は2回行われました。今年6月、最終の委員会を開催してJIS規格案を完成させ、経済産業省に持っていく予定です。医療用ウィッグに関するJIS規格を取れば、どの会社の医療用ウィッグでも、その安全性を含めた性能保証がつくわけですから、患者さんはどれを購入しても安心できますね。

医療用ウィッグは患者のQOLを改善する

医療用ウィッグは精神的な安らぎが大きいと思いますが……。

最近の医療はQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)を重視するという流れが出てきています。
乳がんの手術をしたら、乳房再形をしますね。これは医療として認められて、保険適用になっています。それがどんどん進化していって、従来は美容で使われていたような乳房インプラント、シリコンインプラントなどもつい最近保険適用になりました。今や美容と医療が一緒になる時代になってきましたから、そう考えれば、同じようにQOLを上げることは大事になっているのは間違いありません。例えば内視鏡下による手術により、いままで一週間は入院が必要だったのが、3日の入院で帰られるようになりました。早期離床ができるようになったということは、明らかにQOLを上げていることです。しかも傷痕が目立たない。医療はQOL重視になってきていますし、デバイス(医療機器)もたくさん進化してきています。
ウィッグもダメージを受けている患者さんのQOLを上げるので意味があります。医療用ウィッグを選ぶのに困らないよう、各社最低限の品質を保証しているものがあれば良いわけです。ヨーロッパでは保険適用となっている国も多いので、できれば保険適用まで持って行きたいと思いますが、保険適用の道のりは長いですよ。その前段階として、医療用装部は医療費控除の対象になっていますから、このJIS規格化を進め、せめてそれはできるようにしてあげたい。

JIS規格の先には保険適用と医療費控除

保険適用になっているものにはどのようなものがありますか。

機能を補うような義足。それがJIS規格かどうかは知りませんが、保険が出るものもあります。義眼は外観を補うことを目的としていると思うのですが、保険適用になります。医療用ウィッグが保険適用になるとしても、5万円のウィッグなのか、50万円のウィッグなのか、すべて保険でというのはまずありえない。1患者についていくらという限度はできると思います。
この先のことは私が関われない業界の話ですから、どの程度のクオリティのものをいくらぐらいで想定しているのか、それは私には分かりません。患者さんにとっては、安くていい物が良いに決まっている。JIS規格の委員会で最終的に合意をして性能を守れることが大事です。JIS規格というのは、そもそも「これだけは守ってほしい最低のクオリティ」なのです。それは、患者さんの財布にも優しいことも必要なことです。

医療費控除や保険適用になるにはどういうことが必要ですか。

例えば、患者さんの立場からのエビデンスが必要になります。海外にはそういう論文はあるのですが、日本国内ではきちんとしたものがない。医療費控除に関して厚労省にアピールするときは患者さんの意見と、なぜそれが必要なのかというエビデンスになるデータが必要です。さらに看護協会や皮膚科学会など、そういうところのアピールがないと厚労省はなかなか「うん」とは言いません。まして医療費が厳しい今、保険適用までのハードルはすごく高いんです。
山形県や岩手県北上市など県や市町村単位で医療費の補助金を出しているところも出てきています。ただしこれは、あくまでも補助です。

メーカー、医療現場の人、患者さんたちが同じテーブルで何かを成し遂げるという試みはどうでしたか。

とても貴重な場だと思ったからこそ、私は委員長を引き受けました。しかもこれは、医療費控除、保険適用を最後の目標にしているわけです。その前段階としてのJIS規格づくりは、ウィッグメーカーに医療用ウィッグと名乗っていただく基準であることはもちろん、消費者に医療用ウィッグを使うための安心感を与えることにつながります。JISというのは国家規格ですから、いい加減な規格は作れません。

インタビュー・文/佐藤 彰芳 撮影/田村 尚行