男性型脱毛症は治せる

※所属、役職は取材当時のものとなります。

「男性型脱毛症は治せる」という意識が高まっています

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脱毛の医学的なメカニズムが解明されるにつれ、薬剤治療の効果も高まってきた。また、LED光を照射して細胞に刺激を与える物理的療法についても、そのエビデンスが蓄積されつつある。こうした医学の進展を、臨床現場の専門医師はどう見ているのか。

「薄毛は治療できる」という確信が生まれたとき

大分県別府市で髪と肌と美容の専門医院を営む倉田荘太郎医師が、急激に進化する毛髪研究の最前線に触れたのは、90年代前半に米ウィスコンシン大学に留学していたときだ。
「それまでは、薄毛の治療には自分の毛を移植する植毛がいちばん有効なのではないかと考えていたのですが、当時のアメリカではもう一つのアプローチである薬剤による治療の基礎研究が劇的に進化していて驚きました。私もミノキシジルなどがどのように毛包細胞に吸収されるのかという研究を進め、高い効果があることを確認しました。相前後して、こうした成分を含む薬剤が発毛剤・育毛剤として販売され、世界に広まっていきます。薄毛治療の新しい段階が到来していることを知り、わくわくするような思いでした」

まさに90年代は人の髪の毛の成長・退行・休止期のメカニズム、いわゆる毛包幹細胞の存在や男性ホルモン作用機序が解明され、細胞に直接働きかける成分のいくつかも特定されるようになり、男性型脱毛症にとって新たな光明が訪れた時代。薄毛は治療できるという倉田氏の確信は、99年の「くらた医院」の開設につながった。

いまミノキシジル成分を含む外用薬(国内での商品名「リアップ」)は薬局でふつうに購入することができる。フィナステリド(同「プロペシア」)は医師の処方が必要な内服薬だが、昨年以降、その売上げは日本が世界でトップだという。

とはいえ、薬剤の効き方は人によって個人差があることも事実。重症の患者が、いきなり10代のころの状態を取り戻せるかとなると、期待は薄い。
また、ヘアサイクルには時間がかかるため、薬を使えばすぐに毛が生えてくるわけでもない。さらに、治療効果に対する期待や頭髪の外観イメージも人によって違いがあるから、薬剤を塗布・服用した人の効果満足度にはばらつきがある。
「こうした事情を、薬局や医師がしっかり説明して、患者さん自身が納得しながら治療を進めていくことが大切だ」と倉田氏は言う。

赤色LED光による治療や細胞大量培養による毛髪移植にも期待

薬剤による治療を追いかけるようにして、他の物理的あるいは再生医学的な知見を生かした治療法も進歩してきた。治療の選択肢が増えてきたのだ。その一つとして倉田氏が注目するのは、特殊な赤色LED光照射による発毛促進だ。

「赤色LEDを毛乳頭細胞に当てると、いくつかの細胞増殖因子が誘導されてきて、その因子が毛母細胞の活性化につながるというわけです。LEDライトはすでに一般化しており、レーザーなどよりも安全性が高い。副作用も今のところ認められず、他の治療法を阻害することもありません。光照射だけで完璧ということにはなりませんが、薬剤の塗布・服用など他の治療法と組み合わせれば、総合的に効果が高まることは十分期待できます」
さらに倉田氏は、自分の毛包細胞を培養して増殖させ、それを患部に移植する、毛包再生医療の進展にも注目している。
「現状の植毛は、毛周期が活発に行われている場所の毛を、そうでないところに移植するもの。
臓器移植と基本的には同じです。ただ、これは一つの毛包から一つの毛包しかつくれないため、増毛効果には限度があります。しかし細胞を大量培養することができれば、飛躍的に治療効果は高まるはず。大量培養はすでに動物実験ではうまくいっているようですが、人への応用は研究段階です。ただ、それほど遠くない将来に実現できるのではないかと、私は考えています」

近年、増毛やウィッグを併用することで心理的満足度を高める

倉田氏は、これ以外にも、分子生物学研究がさらに進むことで、新たな毛髪増殖因子が発見され、それが治療薬に応用される可能性を指摘する。またこれまで「○○を飲むと髪によい」などとされてきた民間療法のなかにも、エビデンスが科学的に蓄積されることで、新たな療法として整備されるものもあるのではないかという。まさに現代医学がもたらした光が、人の頭にもその恵みを分け与える時代が来ているのだ。 となると気になるのは、古代エジプト時代からあるといわれるウィッグ(かつら)の命運だ。

ウィッグはもはや過去のものとして、いずれその存在は忘れられてしまうのだろうか。
「そんなことはないと思います。ウィッグは、身体に対する影響を排除して、簡便に入手・装着できる装身具であり、ファッション・アイテムとしても魅力のあるもの。どんな医学的治療もすべての患者さんに100%の満足度をもたらすわけではありませんから、心理的な満足度を高めるために、治療と組み合わせてウィッグを併用したいというニーズはなくなることはないと思います」
近年の増毛やウィッグの製造技術の進歩も見逃せない。人毛と見間違えるほどキューティクル効果を発揮する人工毛の研究も進んでいる。あまりの自然さに私自身、驚いている。

「アンチ・エイジングの一環として毛髪に真剣に取り組む人が増えてきました。これまで諦めていた人も、さまざまな治療法を取捨選択し、またウィッグと組み合わせることで、高い満足度を得られる時代です。一人で悩むのがいちばんよくない。医師や薬局、毛髪診断士などの専門家に気軽に相談し、自分なりのベストミックスで薄毛を克服していきましょう」倉田氏は、そう呼びかける。

インタビュー・文/広重 隆樹 撮影/圷 邦信