その人の心の痛みをとってあげた時 鍼を打つ育毛は可能です

※所属、役職は取材当時のものとなります。

リオデジャネイロ五輪で陸上男子400メートルリレーチームが銀メダル(37秒60、五輪日本男子最高記録)に輝くという 快挙を達成した。その4選手の一人が、陸上男子100メートルで準決勝に進出、5着ながら自己ベストを更新(10秒05、五輪日本男子最高記録)した山縣亮太選手だ。誰よりも早いあのロケットスタートで一躍名を馳せたが、その陰には、「いつもお願いしていた先生に同行いただき、3日前から鍼を打ってもらいながらアドバイスを受け、不安をすべて吐き出したおかげ」と山縣選手が言うセラピューティック・トレーナーの白石宏氏の存在があった。

セラピューティック・トレーナー

セラピューティック・ケアというものがあります。これは治療力のある介護のことを言い、具体的には「手当て」=「触れること」で、人の心とからだに安らぎを与え、精神的な痛みを和らげるケアを施すこと。こう書くと簡単なようですが、誰もがそう簡単にできるものではないようですが……。

白石宏さんはスポーツ障害で悩みを抱く「人の痛みをとり、癒してあげたい」と、セラピューティック・トレーナーとして多くの世界的なトップアスリートに治療を施してきたパイオニアです。白石さんの治療方法は、カイロプラクティック、按摩、マッサージ、鍼灸などを駆使した上、病院の解剖実習にも通って得た西洋医学も融合、さらにインドなどのスピリチュアルな修行も積み重ねた独自のものです。白石さんの治療を受けた世界のトップアスリートは数知れません。例えばカトリン・ドーレ、エドウィン・モーゼス、カール・ルイス、ジョン・マッケンロー、国内では有森裕子、鈴木大地、伊達公子、北島康介など多様なスポーツジャンルにわたっています。誰が言うともなく、今では白石さんは「ゴッドハンドを持つ男」とまで呼ばれています。

山縣選手のロケットスタート

リオデジャネイロ五輪の山縣亮太選手にはどんな治療を行い、あのロケットスタートが生まれたのですか。

オリンピックには魔物がいる、とよく言われますが、この魔物とは不安のことです。人の脳の海馬には過去に記憶されたことがまた起こるんじゃないか、という不安が刻まれています。だからその不安を払拭するために、アスリートはとにかくすごい練習をするんです。そこでコーピングという手法の一種で、「自分の気分が良くなることを100書いて」と紙とペンを渡します。もちろん20でも30でもいいのです。とにかく大脳皮質を使いまくることで、不安を消していく方法です。

山縣選手の不安とは、具体的にどのようなものだったのですか。

実を言えば、昨年6月に行われた日本選手権では予選後に棄権、秋には腰が痛くてスタート位置にも立てませんでした。その頃には桐生祥秀選手やケンブリッジ飛鳥選手がどんどんいい記録を出していて、山縣選手はマスコミからも消え、注目されなくなりました。不安がひと際募り、彼の関係者から「心に鍼を打って」と連絡が入りました。彼と私の再会はロンドン五輪以来で、大阪や広島の私の医院に治療に来るようになったんです。そして今年の日本選手権(6月24日~)の2週間前には、山縣選手の腰の痛みが完全に取れ、記録が出るようになりました。しかしそれでも、「スタートがいまいちなんです」というので、私は予選の2日前に彼に鍼を打ちました。

なぜ鍼は2日前に打つのですか。

私の鍼は緩みすぎるので、反射が遅れます。ですから2日前に打って、試合の前日に筋肉に刺激を入れ、当日に最高の状態に持っていきます。しかし、その試合では2位。ケンブリッジ飛鳥選手に負けたのがよほど悔しかったのでしょう、「リオには同行してくれませんか」と彼から要請されました。

リオデジャネイロでも、鍼は2日前に打ったのですか。

いえ、試合の3日前にリオに着いた私を待ちかねていたのか、「どうしても話を聞いてほしい」と連絡があり、私はすぐに彼の元に行きました。山縣選手のからだは今までにない緊張状態でしたから、その日に鍼を打って、緊張感から解放させました。また、「スタートがうまくいかない」とも言うので、彼の練習ビデオを見せてもらったら、私はすぐにうまくいかない理由が分かりました。それはスタート位置についた時の窮屈さにありました。そこで「3度ほど腰を低くした方がいい」と言うと、彼もその3度の角度にピンときて予選に臨んだのです。

見事に予選を通過しましたね。

その夜も「会ってほしい」と連絡が入り、「まだ、スタートがしっくりいかない」と相談されました。そこで改めてその日の走りを見て分かったことは、スタートの意識が1歩目にあるから意識が止まってしまう。私は「2歩目に意識を持つこと」とアドバイスし、反応時間をものすごく早くする伸張反射を高める鍼を打ちました。スタートのドンという「ド」の最初の音の、その瞬間に反応して飛び出すことができるのです。100メートルというのは神経戦ですから、どんな状況になってもブレない心構えも伝えました。

「心に鍼を打つ」育毛術

さて、白石先生のセラピューティック・トレーナーの考え方は、頭皮を活性化する育毛にも効果もあるのではないかと思います。

鍼を打って100%毛が生えてくれば、絶対に鍼が効くと言えるのですが、鍼を打ってみると、生える人もいるし生えない人もいて、個人差があるんですね。鍼を打っても生えにくい人は、頭皮が固いんです。それは脳が酸欠になってるのではないでしょうか。

また、頭には多くのツボがあります。頭皮鍼という中国のツボはいろんなところにあり、あるツボに鍼を打つと、頭痛が消え、胃の痛みが取れます。また私は、最近、本にはまだ書いていない特殊なツボも見つけました。それは万能のツボで、今後はどのような効果が出るかをじっくり調べます。

鍼を打って毛が生えた時は、たいがいその人の心の痛みをとってあげた時です。年をとってしだいに薄毛になってくるのはしょうがないとは思いますが、若い人の薄毛の場合、何かを心に抱えているなど、精神的な問題が関与していると感じます。

そこで日常的に心がけることとしては、姿勢を正して背筋を伸ばし、からだの自律神経の乱れを正常化することです。悪い姿勢で生活していると、脳に血液がいかなくなりますから、いい姿勢によって自立神経を調整してください。また、自分でやれるマッサージとしては、小脳がある頭の後ろあたりを意識してマッサージすることです。そこを揉みほぐすことで脳を活性化させるのです。小脳を意識し、頭の後ろをマッサージすることによって脳に血液が回り、酸素がいくことにより、頭皮の血行促進につながります。

日常的にこの二つを心がければ、育毛には効果的だと思います。

白石先生は「心に鍼を打つ」人です。育毛を実践するには、どのような心構えが必要なのでしょうか。

山縣選手は、去年の状態ではオリンピックに出られるかどうかも分かりませんでした。ところが新聞のコメントでは「夢は叶う」と言っています。もちろん不安もあり、プレッシャーも相当なものでしたが、いつも自分に言い聞かせて練習をしていたんです。「自分はオリンピックに出てメダルを狙う」と。

今までの私の経験で言えば、人の細胞は年をとっても活性化するのです。老化はしますが、細胞は常に入れ替わっています。老化するのは心で、心が負けてしまえば、細胞全体が老化します。自分の細胞一個一個には意識がありますから、細胞に話しかければ、育毛は可能なのです。私は細胞に関する研究者ではなく、あくまでも臨床家ですから、長年実践してきた経験から年をとっても細胞は活性化すると考えています。

インタビュー・文/佐藤 彰芳 撮影/圷 邦信、田村 尚行

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