セファランチン研究と抗酸化力のあるフラーレンとは

※所属、役職は取材当時のものとなります。

近年、バイオテクノロジー分野の企業が、長年培った技術研究により、育毛や発毛に能力を持つ新たな物質が次々に現れて話題を呼んでいる。
そのような毛髪科学の最前線で研究を進める乾准教授に話をうかがった。

近年、毛髪科学研究が皮膚科学の最先端に踊り出しています。分子生物学の成果を利用した研究が進み、この10年間で「なぜ髪の毛が抜けるのか」という謎が解き明かされ、理にかなった治療法の研究が急速に進み、男性型脱毛症が皮膚科の疾患として病院で治療できるまでになっています。

具体的には、ミノキシジルに代表されるような薄毛に有効率の高い成分が含まれた〝塗り薬〟の発毛剤や育毛剤が薬局で買えるようになっています。また、男性型脱毛症の原因物質である5α還元酵素をブロックする〝飲み薬〟フィナステリドは、医師の処方により服用できるようになっています。

男性型脱毛症に対して、ごく最近ではさまざまな角度から毛髪科学の研究が行われています。なかでも大阪大学大学院医学研究科の皮膚・毛髪再生医学寄附講座に所属する乾重樹准教授は、毛髪に関するいくつかの興味深い研究に携わっていることで知られています。前々回の「アデランス+」(Vol.1)では、特殊なLEDを活用した赤色ナローバンドの光が毛乳頭まで届き、毛髪の成長促進に効果を発揮している研究について語っていただきました。さらにバイオテクノロジー分野の企業も長年培った技術と研究で、育毛や発毛に能力を持つ物質を発見しており、その物質の科学的な研究を乾准教授に依頼する例が増えています。

毛髪科学の最前線で研究を進めている乾准教授に、「セファランチン」と「フラーレン」、そして「新たな治療法」について語っていただきました。

歴史的な薬が新しいエビデンスで復活するセファランチン

セファランチンとはどういう物質なのでしょうか。

ツヅラフジ科植物タマサキツヅラフジから抽出したアルカロイドです。タマサキツヅラフジは中国や台湾で自生し、民間薬として使われていました。台北帝国大学の植物学者である早田文蔵が、1914年にStephania cepharantha Hayataという学名で報告、1934年に薬学博士の近藤平三郎がその有効成分を精製し、学名にちなんで「セファランチン」と命名しています。元々、中国と台湾の人たちが民間薬、漢方薬として食べていたようです。

中国・台湾に自生する植物で、民間薬として用いられていたツヅラフジ科の植物タマサキツヅラフジ
タマサキツヅラフジから抽出したセファランチン原末

 

随分前から知られた植物ですね。日本ではどのように使われていたのですか。

セファランチンは当初、結核やハンセン病治療に使われていましたが、その後研究がいろいろと進んで、生体膜安定化作用、抗アレルギー作用、免疫調整作用などがあることが明らかになり、臨床実地においては放射線による白血球減少症、円形脱毛症、粃糠性脱毛症、滲出性中耳炎、マムシ咬傷などを適応症とする保険適応のある内服薬として、長い間使われてきました。

乾先生が、このセファランチンに注目された理由は何でしょうか。

元々、セファランチンは円形脱毛症では保険適応が取れていましたし、『円形脱毛症診療ガイドライン2010』で内服薬がC1(=「行うことを考慮してよい」)と推奨されました。しかしセファランチンの外用薬は、「『男性型脱毛症診療ガイドライン2010』においては、まだエビデンスがない」ということで、C2(=「根拠がないので勧められない」)と評価されました。診療ガイドラインというのは学会報告などの論文が必要なのです。論文としてどれだけ医学的なきっちりとしたデータが出ているかどうかで、推奨するか推奨しないかを決めるのです。どれだけ効くかを論文化してくれていないと、推奨できないわけです。ハッキリと効くという十分な証拠がないから推奨できないという評価になってしまいます。その後、発売されていたセファランチン外用ローション薬用クロウ®(化研生薬)も製造中止となり、セファランチン外用療法はされなくなってしまいました。

しかしながら、多くの臨床医より「有効性はしばしば観察される」という声も聞こえてきました。僕の患者さんでも使っている人がいましたが、効く人もいるんです。みんながみんな「すごく効く」と言っているわけではありませんが、「まぁまぁ効く」とは言っています。ほかの皮膚科の先生に聞いても「効く人はいますね」と言っていました。医学的な証拠がないということで使われなくなってしまったわけです。

そうした声を聞いて、セファランチンの研究を始められたのですね。

我々はセファランチンのリポ化製剤であるADSセファランチンを用いて、その成長への効果について基礎的および臨床的検討を加えました。

まず、培養男性型脱毛症毛乳頭細胞に0.1および0.1μg/mLのセファランチンを添加したところ、毛母細胞の働きを活発にする成長因子であるIGF-ImRNA発現量が増加しました。セファランチン10㎎を内服した場合、成人では血中濃度は1ng/mLと、先の添加濃度と比べ著しく低値でした。このことから、より高い局所濃度が期待できる外用として、IGF-I誘導による毛成長促進効果が期待できました。

そこで行った男性型脱毛症の成人男性22名のADSセファランチンローション6ヶ月外用臨床試験では、毛髪数および毛直径を増加させる傾向(p<0.1)があり、毛成長速度を有意に増加させました(p<0.01)。以上より、ADSセファランチンが男性型脱毛症に対する新しい毛髪ケア成分となることが示唆されました。

セファランチンという歴史の古い薬の新しいエビデンスが、一度衰退した毛髪ケアの復古(ルネッサンス)を導くものと期待されますね。

セファランチンは外用薬として塗るだけですか。飲む薬としてはどうなのでしょうか。

飲んだり、注射したりというのも考えられますが、いまは使われてはいないと思います。外用薬として去年の今頃、実験で使用するために提供していただきました。それをマウスの背中に塗って毛の成長期誘導を見ると、セファランチンを塗った方が成長期が早く誘導されるというデータが出てきたのです。

論文は書かれたのですか。

現在、こうしたデータをもとに論文を作成中です。

抗酸化力で頭皮と毛髪を守るフラーレンとは

フラーレンに関しては、ビタミンC60バイオリサーチ株式会社のレポート記事(こちら)で紹介しています。乾先生はいつからフラーレンを研究されているのですか。

フラーレンとの付き合いは結構古いですよ。留学から帰ってきてすぐの2000年ぐらいですから、10数年のお付き合いです。

フラーレンの抗酸化作用の力はどのようなものなのですか。

そうですね。まず活性酸素は酸化ラジカルともいうのです。これは細胞傷害性などを持ったような酸素の分子の変わったものです。一般的に活性酸素は悪者として扱われていますが、生体内では殺菌などの自分の体を守る良い働きもありますから、活性酸素は全部ダメというわけではありません。ところが、それが行き過ぎてしまうと自分の体を傷めたりするので、なかなか難しい。活性酸素が行き過ぎたときに活躍するのが、抗酸化剤なんですね。

皮膚を健康に保つ美容、アンチエイジングではとても評判がいいようですね。

紫外線がシミ、シワ、炎症などの原因になるのは、皮膚に当たると活性酸素が発生するためです。これは活性酸素による酸化ストレスができ、それがメラニンをつくるメラノサイトを刺激してシミが出てくる。活性酸素を除去することで、シミをつくる、メラニンをブロックできるわけです。フラーレンは抗酸化力が強いですから、その効果があるんじゃないでしょうか。フラーレンは元々が美白成分として論文化していますが、毛穴の周りが色素沈着して毛穴が目立つことがありますが、顔に塗るとその数が減るのです。美白剤にもいろいろありますが、安全な美白剤として評判がいいですね。

美白剤が、毛の成長にどのように関わっているのでしょうか。

男性に塗ってもらって、毛の成長がどうなるかを調べると、やはり毛の成長速度を早めるということが分かりました。これはおそらく細胞を保護するような作用ではないかと推測はしています。韓国の研究グループと共同研究した結果から推測すると、毛の成長を抑制するような因子が刺激されるのを抑え込んでいると考えられますね。今後、フラーレンを使ってのプロペシアと同じような作用を持つ強力な薬剤が出てくるかもしれませんが、きちんとした基礎的および臨床的検討を進める必要があると思います。

毛髪の状態に合わせ治療法を組み合わせる時代に

セファランチンやフラーレンのように、脱毛頭皮や毛髪を保護する物質が今後話題になると思いますが、乾先生はどのような治療法に期待されますか。

飲み薬にプラスするものでしょうね。例えば、フィナステリドであるプロペシアを飲まれていて、それにプラスαしていく方法です。例えば、毛髪の状態に合わせてLED照射などのように治療法を自由に組み合わせていくことこそが、合理的な育毛治療法だと思いますね。

塗り薬を塗ったところに光を当てるよりは飲み薬と併用することが有効ですね。プロペシアなどを飲んで、ヘアトリートメント、セルフトリートメントなど、サロン的なケアにプラスαしてLEDを当てたりするのです。

インタビュー・文/佐藤 彰芳 撮影/田村 尚行