ここまで人毛に近づいた「バイタルヘア」の進化

※所属、役職は取材当時のものとなります。

数あるウィッグメーカーのなかで、アデランスだけは 人工毛の研究開発を続け、そして製造している。 タンパク質でつくられている天然の人毛に挑み続け、高分子物質によって より人毛に近づいたバイタルヘアを開発した。その研究思想とは何か。

バイタルヘアの開発と人毛に近づいたその性格

バイタルヘア以前に開発したサイバーヘアについてうかがいたい。

人毛の欠点は切れやすく、強度がない。そしてパーマ液で簡単にカールが付けられるが、2〜3回洗ってブローしてセットすると、カールはすぐに落ちてしまいます。また、カラー剤で色も染められますが、色落ちも早い。強度、カールの持ち具合い、色落ちなどの人毛の欠点を補う人工毛として登場したのが、サイバーヘアです。
このサイバーヘアは、海外でも評価が高く、ヨーロッパでは世界的権威「モンディアル コワフュール ボーテ2002」でイノベーション大賞(エキシビショングランプリ)を受賞しています。
サイバーヘアの素材はナイロン6(ポリアミド6)。その欠点は、人毛やポリエステル素材に比べて張りやコシが不足しており、同じ量の毛束を持つとボリューム感が少ないことです。

次はより人毛らしさを出すためにバイタルヘアを開発したわけですね。

アプローチ方法をいろいろと検討したなかで、〝芯〟と〝鞘〟の二重構造を採用。最初は芯に固い樹脂であるポリエステルを入れ、鞘にはナイロンを使うという方法を試みました。
ところがナイロンとポリエステルは構造そのものが違うので接着性がない。樹脂を溶かして押出機から押し出すと、一見接着しているように見えるのですが、冷えて時間が経つと、剥離してしまい、髪色も変わってしまいました。
では、どうするか。やはり接着性があるということで、芯材にもナイロンを入れなければならないんじゃないか、と。ただし、ナイロンはポリエステルに比べて張りとコシが出にくい特有の素材なのです。そんななかで見つけたのがセミアロマテックナイロンと呼ばれる半芳香族ナイロンです。これは、ナイロンの特定原子をベンゼン環で置換することで固さなどが出ます。すべてがベンゼン環になったら全芳香族と呼び、ケブラーとかノーメックスの商品名で呼ばれているものです。一部分をベンゼン環に置き換えたセミアロマティック(半芳香族)ナイロンを使うとナイロン6に比べれば固さが出ることを見つけたわけです。芯の部分にセミアロマティック(半芳香族)ナイロンを配合することで、その固さとコシを実現できました。外側の鞘の部分には、そのままナイロン6(ポリアミド6)を使い、バイタルヘアを開発しました。

バイタルヘアの開発時期はいつ頃のことですか。

芯にポリエステルを使ったのが2000年ぐらいの時で、徐々に改良を重ね、芯に半芳香族ナイロンを使って張りとコシのある「バイタルヘア」として商品化したのは2006年です。
ところが、そのバイタルヘアをウィッグベースに毛植えしてみると、バイタルヘアの性格がいろいろと出てきたのです。それは、天然の人毛の挙動に非常に似ているということでした。髪の毛はタンパク質でできていますが、梅雨の時期などに湿気を吸えばペターッとした感じになり、乾燥したり、ドライヤーをかけるとパーッと立って固くなります。天然の髪の毛は、含む湿度によって固さが変わってくるものなのですが、バイタルヘアにも同じような挙動が出たので、すぐに特許を取りました。

なぜ人毛に近い挙動が出たのでしょうか。理由は何だったのですか。

ポリエステルは特に水分、湿気を吸わないんです。濡れてもつけたままのカールがそのままキチッとなっている。でも、自然さが大事なウィッグで、それっておかしいですよね。
サイバーヘアはナイロン6(ポリアミド系)ですから人毛と同じように水分は吸います。ただし、ナイロン6というのは分子鎖の並びがきれいに並びやすい性質(配向性が高い)なんです。紡糸で糸を引いたり、熱でカールを付けると、配向性が高いために急激に結晶化が進んでしまい、右向け右!といえば全員が右を向いたままで、変わることができないので扱いにくい。
ところが、バイタルに使われた半芳香族ナイロンは、配向性が低いのです。だから右向け右!といっても、3割くらい向かないやつらがいる(笑)。それが、そういう挙動を示す大きな原因になっていたんです。

バイタルヘアの温度変化による「曲げ剛性値」は天然毛髪と同様の変化を示す。また、天然毛髪が示す「曲げ剛性値」の範囲内で変化する。毛材の太さはすべて80μで測定

芯と鞘構造のバイタルヘア。特異な表面形状をつくることにより、人工毛髪に見られるキラキラを抑え、自然な艶を表現する

バイタルヘアは人毛に近い柔軟性があるわけですね。

そうなんです。最初はサイバーヘアより張りやコシを出すのが目的で単一構造ではなく、芯と鞘のある二重構造にしたんです。人毛に近い挙動性があるのは後で気づいたことなんです。

サロン現場からの声でさらなる改良を加える

張りとコシをつけようと固いナイロンを探した結果、人毛に似た性質が備わっていたというわけですね。

ところが商品化したら、意外なことに営業店からのクレームが相次ぎました。右向け右!で3割は向かない性格、それが逆に悪さをしてしまうんです。ウィッグをお湯で洗ったり、お湯でセットしているときに、36度ほどの手の熱で手の形がついちゃって、それがとれなくなった、とか。手の体温程度でそんなことが起こって、現場からは「これじゃダメだ」「バイタルヘアは危ないです」って。

じゃあ、営業店からはバイタルヘアは回収したんですか。

いえ、回収はしていません。そのときはお客様に一時的にサイバーヘア指示変更をしていただき、バイタルヘアの改善を続けました。触ってもあとがつかないように、鞘部分の厚みを変えたり、芯部分に少しポリエステルを入れてみたところ、高温を使わなくてもドライヤーなどでカールがつくし、40度ぐらいのお湯でシャンプーしても性格を保持するという新たな性質を持ちました。これも特許を取りました。
世に出ている人工毛は、普通ドライヤーでカールをつけたりすることは絶対できません。ところがバイタルヘアはそれができるわけですから、画期的な人工毛なのです。

ではいま、アデランスのウィッグ毛材の主流はバイタルヘアですか。

いまはサイバー、バイタル、これらと人毛のミックス、人毛が主流です。選ぶのはお客様で、バイタルヘアを選ぶ人、人毛を選ぶ人、サイバーヘアを選ぶ人それぞれです。

毛材が3種類だと、所定の形状になるもの、ならないものが混じりますね。

逆に、それによって風合いが出てくるんです。人工毛はコールドパーマ液ではカールがつきません。でも一緒にミックスされたウィッグなら、パーマがかかるのは人毛だけですから、その方がいいんです。人毛だけはパーマ液でカールして、サイバーヘアは工場で熱でつけた状態を保持します。

バイタルヘアの次に来る新たな人工毛の開発

バイタルヘアの次にアデランスが目指す人工毛は何でしょうか。

毛は切れやすい、カールがとれやすい、色が落ちやすい。それをまずは強化しようとサイバーヘアを開発しました。そのサイバーヘアには張り、コシが不十分というので芯鞘構造にし、素材も変えてバイタルヘアを開発したら、人毛にかなり近い挙動が出ました。
ところが、それでお客様が満足するかというと、そうじゃない。まだまだ人毛に近づかなくてはなりません。
元々ウィッグの人工毛の多くは、ポリエステルが主流なんです。やはりポリエステルは固いので、張りとコシが出やすい。その代わりに、固いので風合いに乏しい。ところがいま、この固いポリエステルを、柔らかい風合いにして、人毛に近づけたものがたくさん出てきているのも事実なんです。
大手の繊維メーカーなどは、ポリエステルからそうした糸にする技術を開発し続けていますが、キューティクルなど天然の人毛に関するノウハウはありません。このようにポリエステルの動向を見ながら、我々はさらに人毛に近い人工毛の開発を進めていきます。それには材料だけでなく、いくつかのファクターもあるのです。

インタビュー・文/佐藤 彰芳・広重 隆樹 撮影/圷 邦信・田村 尚行