山形県鶴岡市に本社を置くスパイバーは、独自開発する構造タンパク質「ブリュード・プロテイン」の産業化をめざすベンチャー企業です。

創設者の関山和秀さんがタンパク質の可能性に着目したのは、大学生のとき。
「クモの糸はすごい」。友人とのそんな些細な会話が、すべてのはじまりでした。

「クモの糸もフィブロインというタンパク質からできているのですが、その強度は、鉄鋼の4倍、伸縮性はナイロンを上回り、耐熱性は300度を超えるともいわれています。ところが、それだけのポテンシャルを持ちながら、クモの糸を利用した製品は、技術的なハードルの高さから、いままで実現していませんでした」

だれもやったことがない未知の領域に挑戦してみたいという思いが、関山さんを突き動かします。2007年に研究室の仲間らとともにスパイバーを設立。クモ糸人工合成の研究開発に取り組むなか、クモ糸の遺伝子情報を元にしながらその物性を100%再現するのではなく、用途に応じてタンパク質の特性をデザインできる技術を開発しました。

「多くの産業が石油由来の原料に頼っていますが、枯渇性資源である石油は、いずれ無くなるといわれています。そうなる前に、私たちは新しい素材を生み出さなければなりません。それを実現させるのが、私たちが開発する構造タンパク質『ブリュード・プロテイン』です」

新素材を普及させるにあたり、まず目をつけたのがアパレルと自動車産業でした。大きな市場規模を有すると同時に、環境負荷の高い産業です。まずはここで成果を出すことが、スパイバーの使命だと考えたのです。

世界に与えるインパクトを考えれば、アパレルなどの巨大産業に注力するのは企業として当然です。そうした状況にありながらも、関山さんは化学繊維に代わる毛髪素材の開発に向けて、アデランスとの共同研究を進めることを決めました。アパレルや自動車産業に比べ、市場規模の小さい毛髪素材の開発するに至った背景には、乳がん治療の経験がある母への想いがあったといいます。

「抗がん剤で脱毛した母が、ウィッグを着けたときの恥ずかしそうな、でも嬉しそうな顔が忘れられません。たしかに毛髪素材の市場規模は小さいかもしれません。でも、大きな社会的意義を感じたんです」

スパイバーとアデランスは新毛髪素材のウィッグの開発を急ピッチで進めています。人毛と同じようにカラーリングやパーマができるようにするには、たくさんの課題があります。何度実験を重ねても思うような成果が得られない日もありますが、関山さんは前を向き続けます。

「悩んでいる時間がもったいないです。その時間があったら、次にすべきことを考えます。新しい毛髪素材の実現に向けて、1分でも無駄にしたくないんです」

関山さんが時間を無駄にできない理由がもう一つあります。それは“世界中の人々を幸せにする”という、幼い頃からの夢を叶えるためです。

「私が思う“自分が最悪な状況”は、家族が不幸なことです。反対に、家族が幸せだったら自分も幸せです。家族が幸せであるためには、周りの人が幸せでなければならない……そうして突き詰めていくと、世界中の人々の幸せな笑顔が、自分の幸せにつながるのだと思っています」


関山和秀さん
Spiber 株式会社取締役兼代表執行役。
高校生のとき、ルワンダのジェノサイドについて知り、衝撃を受ける。
戦争を起こさないための〝資源の奪い合いがない世界”実現をめざし、
持続可能な素材開発に取り組んでいる


スパイバーの生み出す構造タンパク質素材は、主原料を石油などに依存せず、
植物資源を元に微生物による発酵プロセスで生産するため、環境に優しいのも特徴だ

取材・文/中村未来 撮影/富本真之