2020 Vol.5.1 Special Interview アデランスプラス特別編 スペシャルインタビュー
光触媒の応用と可能性

藤嶋 昭

Fujishima Akira

1942年、東京世田谷に生まれる。
1966年、横浜国立大学工学部卒業。
1971年、東京大学大学院工学系研究博士課程修了。同年、神奈川大学工学部専任講師。
1975年、東京大学工学部講師。
1976~77年、テキサス大学オースチン校博士研究員。
1978年、東京大学工学部助教授。
1986年、東京大学工学部教授。
2003年、財団法人神奈川科学技術アカデミー理事長。
2003年、東京大学名誉教授。
2005年、東京大学特別栄誉教授。
2010年、東京理科大学学長

現在、東京理科大学栄誉教授、東京理科大学光触媒国際研究センター センター長、東京応化科学技術振興財団理事長、光機能材料研究会会長、吉林大学名誉教授、上海交通大学名誉教授、ヨーロッパアカデミー会員、中国工程院外国院士。
これまで、電気化学会会長、日本化学会会長、日本学術会議会員・化学委員会委員長などを歴任。

主な受賞歴
文化勲章(2017 年)、トムソン・ロイター引用栄誉賞(2012 年)、the Luigi Galvani Medal(2011 年)、文化功労者顕彰(2010 年)、神奈川文化賞(2006 年)、恩賜発明賞(2006 年)、日本国際賞(2004 年)、日本学士院賞(2004 年)、産学官連携功労者表彰・内閣総理大臣賞(2004 年)、紫綬褒章(2003 年)、第一回 The Gerischer Award(2003 年)、日本化学会賞(2000 年)、井上春成賞(1998 年)、朝日賞(1983 年)など。
オリジナル論文(英文のみ)896 編、著書(分担執筆、英文含む)約50 編、総説・解説494 編、特許310 編。

 

光触媒の応用と可能性

大学院生になりたての頃、酸化チタンを実験に使いたくて「ぜひ使わせて欲しい」とメーカーに手紙を書いた

フランスの物理学者、ベクレルが白金を電解水に入れて光を当てると電流が生じることを発見したのは1839年、「光・ベクレル効果」と呼ばれています。ベクレルがそれを発見した時に確認した電流の応答は僅かなものでした。1950年代にアメリカのベル研究所で半導体が発明されると、アメリカやドイツの研究者が半導体を水の中に入れて実験を行い、その論文が出た後くらいの時期に、私は東大大学院の学生になりました。

論文は酸化亜鉛は応答があるけど溶ける、シリコンは応答が一瞬だけ、という内容でした。その論文の実験を追試して確かめた後、溶けない物はないかと探しました。そして偶然、酸化チタンに出会います。所属していたのは写真化学の研究室だったのですが、隣の研究室で複写コピーの材料を研究していて、そこで酸化チタンを使っていたのです。隣の研究室の先輩に酸化チタンがどこで手に入るのかを訊いたところ、神戸のメーカーだというので、住所を教えてもらい、早速、そのメーカーの社長宛てに手紙を書きました。

「酸化チタンの結晶を是非実験で使わせて欲しい」とお願いしたところ、「今度、東京に行くから会ってあげよう」とおっしゃってくれたのです。その結果、親指くらいの酸化チタンの単結晶を手に入れることができました。酸化チタンの単結晶はとても硬いのです。東大にあったダイアモンドカッターを使って、ようやくそれを切ることができました。切った酸化チタンを水の中に入れて光を当てる実験をやるとガスが出てきましたが、酸化チタンの表面は溶けずにピカピカのままでした。出てきたガスを集めて分析すると、酸素でした。もうひとつ白金をつなげておくと、そちらからは水素が出てきました。酸素と水素が出てきたので、これで水が分解できるということを見つけたわけです。それを学会で発表しました。

 

専門学会では批判の嵐に晒されたが、権威あるイギリスの学術誌「ネイチャー」に論文が掲載されて一転、世界から注目される。

水を分解して酸素が出るという現象は電気分解として知られていますが、電気分解には1.23ボルト以上の電圧をかけるという理論値があるのです。しかし、私の実験では理論値を飛び越して、マイナス0. 5ボルトで水が分解されました。電圧がいらないわけです。それを電気化学会で発表したところ、「そんなことは有り得ない。理論値の1.23ボルト以上かけないと、水は絶対に電気分解できない」と否定されました。

「この実験では光を当てています。光はエネルギーです」と説明したのですが、その頃は太陽電池もできていませんし、光がエネルギーであるという感覚が無いわけです。そこで、植物の光合成反応を例えに出しました。植物の葉に太陽が当たると、空気中の二酸化炭素と水から糖を作ります。水が分解される過程で酸素が出てきます。光合成反応を人工的に行ったのだと説明しましたが、「光合成と水の電気分解は関係ない」と徹底的に先生方に批判されてしまいました。

 

 

条件つきで博士号をもらい、神奈川大学の講師のポストをいただいた後、この実験の結果を論文に書いて「ネイチャー」に送りました。「ネイチャー」は掲載する論文の選考に厳しいことで知られています。論文を送っても普通は審査でコテンパンにやられるわけなのですが、私が送った論文は一発で採用され、すぐに印刷されました。1972年のことです。校正する時間も無かったので、書いてあったはずの図の説明が全部抜けたまま印刷されたというようなこともありましたが、あのときの「ネイチャー」の編集者は凄かった、と今でも思います。

 

 

世界をリードする日本の発明、光触媒。
「持続可能な社会」をエコでクリーンな技術で実現する。

強い酸化分解力と超親水性、低コストでメンテナンスフリー。
光触媒を使った多くの製品が私たちの暮らしを支えている。
前東京理科大学学長、現在、栄誉教授の藤嶋昭先生が
光触媒の研究で「本多・藤嶋効果」を発見したのは50年前、大学院生の時だった。
思い立ったらすぐ行動するフットワークの良さ、柔軟な発想、
そしてインタビューで何度も使われた「工夫」という言葉に、藤嶋先生の研究者としての姿勢が伺えた。
新幹線、住宅、高層ビル、文化財にも使われているエコでクリーンな技術。
農業や医療の分野にも、その可能性はこれからも広がるばかりである。

 

 

その後、研究は発想の転換で「酸化分解力」を利用した「除菌」「脱臭」「防汚」へと広がっていく。
「超親水性」という新しい発見も

そもそも水の電気分解と光は、研究の分野として全然別です。それを一緒にするというか、電気分解の分野に光を導入する「光電気化学」という、新しい学問の分野を私は作ることになりました。太陽光は無尽蔵のエネルギーです。チタンも地球にある元素の中で10番目に多く、酸化物にした酸化チタンは、安くて、しかも安全なのです。歯磨き粉やホワイトチョコレートにも含まれています。

酸化チタンの単結晶を使った論文が「ネイチャー」に掲載された後、もっと安い材料で同じ効果のあるものを作ろうと考えました。そこで、チタンの薄い板を買ってきてハサミで切り、バーナーで炙って表面に酸化チタンを作り、工夫してそれを敷き詰めて水を入れ、太陽光のもとに晒す、そういう大きいシステムを作って東大の本郷キャンパスの屋上で実験をやりました。夏は太陽光も多いので、一日7リットルの水素が取れたのですが、エネルギー変換効率が低いのです。酸化チタンは太陽光の3%しか吸収できない、そしてその10分の1を水素として変換しているわけです。それは仕方ない、しかし、安い材料で作ったメンテナンスフリーのシステムで結果が出たということを論文にして、ひとつの区切りにしようと思いました。

水を分解できるということは他も分解できるわけですから、水素を取る代わりに今度は「微量で困っているもの」を相手にしようと、発想を転換しました。微量だけど困るものとして、大腸菌などの菌、タバコなどの臭い、そして徐々にたまる汚れ、この3つを選び、これらを分解するために酸化チタンをコーティングすることを考えました。丁度その頃、TOTO(株)の方が研究室に来られたので、まずはトイレ用のタイルにコーティングすることを試みました。トイレの臭い、あれは尿の成分が菌によってアンモニアに分解されて臭うわけで菌を殺せば臭わなくなるはず、では殺菌をしよう、ということになって製品化が進みました。光触媒は、大腸菌や緑膿菌、手足口病の原因となるウィルスも死滅させることがわかり、がん細胞にも有効であることも確認されています。その延長線上で、現在はコロナウィルスへの応用が研究されています。

タバコの臭いをどうするかという問題には、空気清浄機に工夫して酸化チタンをコーティングしたフィルターを使い、空気をきれいにすることを考えました。このシステムは、新幹線「のぞみ」の空気清浄機に導入されています。これは、JR東海の社長をしていらした葛西敬之さん(現在はJR東海・名誉会長)から、JR東海の機能材料研究所(愛知県・小牧)の所長を任された7年間の研究の成果でした。

徐々に着いていく油汚れをどうするかという問題には、硝子の上に酸化チタンを工夫してコーティングするという方法を考えました。硝子のコーティングでは、光触媒の超親水効果という大きな発見もありました。酸化チタンをコーティングした硝子に太陽光を当てると、表面に水が馴染みやすくなるのです。この効果を利用したものが自動車のサイドミラー、建物の外壁などに使われていますが、どちらも水をかければセルフクリーニング効果で表面はいつもきれいに保たれます。水をかけるだけで掃除しなくていいので、学校の窓ガラスなどにもこのコーティングをどんどん使って欲しいと思っています。

光触媒を研究する中での新しい発見は、超親水性だけではありません。鏡が曇らなくなる「防曇効果」は当時、TOTO(株)の研究員だった渡部俊也さんと一緒に見つけました。渡部さんが私と共同で論文にして、世界中で特許を取ったのですが、東京では特許庁始まって以来の異議申し立てが起こり、審査がありましたが、特許を取得できました。渡部俊也さんは、その後に東大の教授になられ、現在は副学長をなさっています。

 

大気汚染問題にも。
NOxを除去する画期的な大気浄化を可能にする建物の外壁コーティング

燃料を高温で燃やすことで発生する窒素酸化物(NOx)を、空気中からいかに取るか。
光触媒でNOxを除去する画期的な大気浄化を考えて、道路自体を酸化チタンでコーティングする「フォトロード工法」を、首都圏の環状七号線の一部を使って試みました。車が上を走るので道路表面のコーティングが取れやすく、まだ研究の余地があります。NOx除去には建物の壁を使う手もあります。これはヨーロッパで、すでに行われています。コペンハーゲンの空港では空港全体が光触媒でコーティングされていて、現地で試験をしたところ確かにNOxは減ったということでした。

難しいのは内装、壁紙です。まず、屋内は光触媒を利用するには光が弱すぎるということがあります。もうひとつの問題は壁紙が有機物であること。壁紙の上に酸化チタンをコーティングしなければいけないのですが、壁紙を分解しないようにしなければならないわけです。そして、そのように工夫した酸化チタンをうまく着けて、しかもコーティングが剥がれないようにしなければならない。いくつかの製品が出来ていますが、壁紙はまだまだ工夫の余地があります。

 

持続可能な社会に貢献する光触媒の技術。
太陽光を無駄無く利用、エネルギー変換効率が高い、次世代の太陽電池へ

光触媒で水を分解して酸素と水素を作る「人工光合成」の研究は日本が主導してきましたが、世界中でも取り組まれていて、特にアメリカでは人工光合成研究には大きな予算が当てられてきました。太陽電池と水の電気分解を組み合わせる「ハイブリッド型人工光合成」の研究も進んでいて、太陽光のエネルギーの変換効率を上げて効率的に水素を生成するしくみもできています。

光触媒に利用される酸化チタンは紫外線を当てることで反応が起ります。スイスのマイケル・グレッツェルが研究しているのは紫外線だけでなく、可視光線を無駄無く使って発電する「色素増感太陽電池」です。これは、エネルギー変換効率が大きく向上することが確認されていて、次世代の太陽電池として期待されています。

 

 

2020 Autumn Vol. 5.2
2020年11月発行
発行/株式会社アデランス
〒160-8429 東京都新宿区新宿1-6-3

 

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