アデランス

アデランスの研究開発 Case

ヒトiPS細胞をはじめとする幹細胞を用いた再生医療とは

大山 学 教授

「ヒトiPS細胞とマウスの細胞を用いて、毛髪をつくり出す毛包を再生した」。
毛髪再生医療の最先端研究者として注目されている大山教授は、臨床で数多くの患者さんの治療に携わりながら、「自分の研究成果を一刻も早く臨床に還元したい」と自己免疫性脱毛症の病態解明とその治療の開発に邁進している。

「ヒトiPS細胞とマウスの細胞を用いて、毛髪をつくり出す毛包を再現した」と発表。iPS細胞から毛包をつくることができるということは、将来的には頭皮から毛をつくる機能が失われた患者でも、毛の再生は可能なのだろうか?──毛の幹細胞やiPS細胞を活用した最先端の毛髪再生医療に挑む大山学教授に聞いた。

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患者さんに寄り添う治療と現実に即した毛髪研究へ

いま実際に入院されている患者に早く還元できるようなものをという思いで研究を進めています。例えば円形脱毛症というのは自己免疫性の疾患ですが、身体のなかで毛包に対する免疫応答が起きてしまい、毛根、つまり毛球部に炎症が起きて、髪の毛が抜けてしまう病気です。さらに一般に考えられているより重症な劇症型や急速進行型という円形脱毛症の患者さん方もいて、そうした方では全頭が円形脱毛症におかされ脱毛してしまいます。ステロイド薬を点滴する活療法がありますが、それの有効性は患者さんによって異なります。
「毛をつくって植える」というiPS細胞の研究は分かりやすいのですが、それが本当に医療として成り立つのかというと正直、疑問も残ります。まず第一に時間とコストがかかります。ですから、iPS細胞で毛のモデルをつくり、培養皿の中で起きていることを再現し、そこでさまざまな試験を行い、細胞がどのような反応をするのかを評価するといった実験系を確立することの方がある意味意義が大きいかも知れません。
毛をiPS細胞でつくるためには、毛をつくるために誘導される上皮系細胞と誘導する間葉系細胞(幹細胞)をいかにうまく相互作用させ組織をつくっていくかを研究することが必要です。将来的には患者に還元していくべき大事な研究だとは思いますが、臨床への還元にはまだ時間がかかります。ですから、すぐに臨床に還元できる臨床研究と並行して行っています。

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毛の幹細胞の存在部位発見 ヒトiPS細胞から毛包再生へ

先生が毛髪の研究を始めたきっかけを教えていただけますか。

いわゆる毛をつくり出す毛包のなかには上皮細胞だけでも何種類もあり、さらに特殊に分化した脂腺なども付属していますし、一つの構造体のなかにいろいろな細胞要素が詰まっています。複雑な上皮ー間葉系細胞の相互作用によってこうした複雑な構造が再現されることに関してはヒトのほかの臓器も基本原理は一緒です。
もともと私は水疱症という自己免疫性疾患の研究をしていて、その治療法の一つとして遺伝子治療に行き着きました。その遺伝子治療はそこに無いたんぱく質をつくらせるために遺伝子を入れて細胞の性質を変えるというものです。遺伝子治療の効果を永続的に、そして長期間持たせるためには、組織の大元となる幹細胞に遺伝子を入れればいいわけです。しかし1990年代には毛や脂腺、皮膚をつくる毛の幹細胞が存在するということは分かっていても、それは毛の根本、毛母細胞のあるあたりにいるのではないか、と思われていたのです。そしてその当時は、まだ毛の幹細胞を採取する技術も無かったのです。
そこでヒトの毛包の幹細胞を探した結果、毛の根本ではなく、根本より上部に存在する毛を立たせる筋肉、つまり立毛筋の部分のバルジというところに幹細胞が存在することがわかりました。幹細胞は免疫抑制因子などいろいろな分子を出して自らを守っていました。
幸いにも幹細胞で多くつくられているこうした分子の中にCD200という細胞の表面に発現しているものがありました。その分子を使って毛の幹細胞を豊富に含んだ細胞を生きたまま分離することに世界で初めて成功しました。これによって、ヒトの毛の幹細胞を集めて培養することができるようになり、毛包再生研究をさらに前進させることに貢献することができました。

iPS細胞による毛包再生の研究にも取り組んでいます。

現在、男性型脱毛症に関する治療技術はとても進んでいます。内服療法としてのフィナステリドやデュタステリド(*3ページ参照)などがあり、さらにさまざまな育毛技術が確立されつつあります。また、円形脱毛症では毛母細胞は障害を受けますが、幹細胞は生き残っていますから、きちんと治療すれば、また毛は生えてきます。
本当に治療が難しいのは、体の中で幹細胞に対する免疫応答が起きて組織破壊が起こり、それで毛の再生が望めなくなるという瘢痕性脱毛症です。これは膠原病の一部で起きることもあり、早期の診断治療が必要です。同じ難治性であっても円形脱毛症では網羅的な遺伝子解析により発症と関連するシグナル経路が明らかとなりつつあり、JAK阻害薬など将来的に期待できる治療法が開発されつつありますが、瘢痕性脱毛症によって毛の幹細胞そのものが無くなってしまっていれば、もう毛は戻りません。このような難治性の脱毛症を解決する手段として、毛髪再生でiPS細胞による毛包再生が期待されているのです。

ヒトiPS細胞を使って、毛乳頭や毛の幹細胞をつくり、そこから毛包を再生するという治療法ですね。

ただしそれも万能ではなく、幹細胞が無くなった瘢痕性脱毛症の身体には、そのまま炎症反応も残っています。標的が無くなったので一見病気はおさまっているように見えますが、新たにiPS細胞でつくった毛包を植えると、それが新たな標的になって、それも抜けてしまいます。毛包再生によって毛をつくることができるかどうかと言う前に、炎症によって脱毛していく病気そのものを解明することが先決です。新しい考え方としてiPS細胞から、炎症をコントロールしてくれるような細胞をつくるか、または免疫を抑制できる毛包細胞をつくることができれば、これもまた大きな解決策の一つとなります。

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基礎医学を臨床現場に生かし 新たな脱毛治療を探る

幹細胞やiPS細胞、そして臨床を含め、現在目標にしている治療はどのようなものでしょうか。

一つの目標にしているのが、多くの脱毛症では毛の構造は残っているので、その既存の毛のなかにある幹細胞を取り出して培養操作により増幅し再生治療に用いるという方法があります。今はまだ幹細胞を長い時間培養するとその特性は失われてしまいます。現在、特性を失わない培養技術を研究中です。
将来、iPS細胞からつくった毛のコンポーネント(構成要素)になる能力をもった細胞を治療方法の開発・研究に使うということも可能になると思います。
実際に患者の病気の状態を診て、どこの細胞組織が壊れているかが分かり、どうやったら治療することができるのかを考える、つまり病気の背後にあるメカニズムが解明された時の対処法として、様々な幹細胞を使ったアプローチは有用かもしれません。

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インタビュー・文/佐藤彰芳
撮影/圷 邦信、田村尚行