かつらの歴史 第1回 古代における世界のかつら・ウィッグの始源

2015年9月1日

アデランスでは、ウィッグにまつわる様々な研究を行っています。
そこで今回からは、かつら・ウィッグの歴史を研究している教育指導部の益子達也さんに世界のウィッグの歴史についてさまざまなお話をお伺いしました。



―そもそも、ウィッグという言葉はいつからあるのですか?


益子:西洋かつらを表すウィッグ(wig)という英語は、1675年に登場した言葉です。この言葉のもととなったのは、14世紀フランス語のペリューク(perruque)。この言葉が英語圏にわたり(peruke,periwig)となり、(periwig)が省略されて(wig)となりました。


では、このペリューク(perruque)という言葉のもとはというと、イタリア語のペルッカ(perruca)で、もとはイタリア古語で毛髪を意味するパルッカ(parrucca)からきています。さらにそれは、プロバンス語の(perucat=美しい頭髪のオウム)が語源とされています。ちなみに、部分かつらは、英語ではヘアピースと呼ばれ、フランス語ではポスティッシュ(postiche)といいます。


―ウィッグが初めて使われたのは、いつ頃なのでしょうか?


益子:ウィッグの始源は、約38,000年前(B.C.36,000)にもさかのぼるといわれています。それは、フランスのランド地方ブラッサンプイで見つかった、この当時につくられたと思われる婦人像が、ウィッグのようなものをつけているからです。象牙彫りのこの婦人像の頭は、毛髪を編んだヘアネットのかぶりもののようなスタイルになっているんですね。おそらくこれが、今まで見つかった中で、一番古いかつらの資料だと思われます。


ブラッサンプイの婦人像

ブラッサンプイの婦人像


実質的な始源としては、約6,000年前(B.C.4,000)の古代メソポタミア、オベイドからウル期にかけてではないかと考えられます。当時の女王「シュブ・アド」が、環や桑の葉、花飾りのある櫛などで飾りつけたウィッグを使用したという資料が残っているのです。さらに、古代メソポタミアでは、約5,000年前(B.C.3,000)につくられた王の墓より、男性用のウィッグやウィッグスタンドも出土しています。また、同時期のアブ神像やイシュタル女神もかつらをつけ、メス・カラム・ドゥグ王の金の兜にはつけ髷があります。


女王「シュブ・アド」の冠

女王「シュブ・アド」の冠 By JMiall


これらの出土品は、この当時の人たちがウィッグを使っていたということの表れだといえるのではないでしょうか。そしてこのウィッグの風習が、古代エジプトに伝わり、ギリシャやローマなどの欧米諸国に、そしてシルクロードを通って、中国や日本へと伝わったのでしょう。


―古代文明の頃から、ウィッグは使われていたんですね!


益子:そうなんです。このメソポタミアから伝わった、エジプトやギリシャ、ローマでもウィッグの記録が残っています。


古代エジプト(B.C1479-1425頃)の女性用のかつら

古代エジプト(B.C1479-1425頃)の
女性用のかつら By Keith_Schengili-Roberts


エジプトでは、胸まで垂れ下った編みお下げにリボンを結んだものや、巻毛や波毛、花飾りをつけたウィッグなどが使われたようです。土台は蜜蝋、毛の材質は人毛、木やしゅろ(椰子)の葉の繊維などでした。色は黒が多かったのですが、ヘナやインディゴで青や赤、緑などの色に染められたりもしていたようです。これらは、おしゃれ用というよりも、頭の清潔を守るためであったり、宗教的な意味あいが強かったと言われています。


一方、自然美を尊ぶ文化のあったギリシャでは、あまりウィッグが使われることはありませんでした。ただ、記録によれば、数学者のピタゴラスがエジプト旅行中に現地のウィッグを使ったこともあったようですし、女性の髪に入れ毛をしたという資料も残っています。また、カルタゴの名将ハンニバル (B.C.241~B.C.146)は、色々な形や色のかつらを所持していたとも言われています。


けれども、やはり一般的にはあまり浸透せず、ギリシャ人最大の娯楽であった演劇の仮面、そして、古代ローマでは、皇帝の薄毛を隠すためや、変装用としてウィッグが使われるようになります。あの有名なシーザーが月桂冠を頭にのせていたのも、薄毛を目立たなくするためといわれています。古代ローマでは、あまり薄毛が好まれなかったのですね。


ローマ皇帝ジュリアス・シーザー

ローマ皇帝
ジュリアス・シーザー


一世紀前後の初期帝政時代になると、ウィッグの流行が始まります。特に、ゲルマン人の金髪で作られたウィッグは人気となり、それが手に入らない人は自髪を脱色したり染めたりしました。そしてこれらのウィッグは、7世紀くらいまで作られ、売られていたといわれています。


ただし、ローマのウィッグ人気も、キリスト教の台頭とともに、少しずつすたれていきます。次回はそんな、キリスト教下でのウィッグと、中世ヨーロッパのウィッグについてご紹介しますね。


本連載分の年表 第1回 古代における世界のかつら・ウィッグの始源

本連載分の年表




    ・第1回 古代における世界のかつら・ウィッグの始源

    >第2回 中世~17世紀のかつら・ウィッグ世界史

    >第3回 18世紀~現代のかつら・ウィッグ世界史

    >第4回 神代のかつら・ウィッグ日本史

    >第5回 古代〜万葉の時代のかつら・ウィッグ日本史

    >第6回 能や歌舞伎のかつら・ウィッグ日本史

    >第7回 明治〜現代のかつら・ウィッグ日本史




参考文献:

現代髪学事典(NOW企画1991/高橋雅夫)、髪(NOW企画1979/高橋雅夫)、古事記・日本書紀(河出書房新社1988/福永武彦)、万葉集[上・下](河出書房新社1988/ 折口信夫)、神社(東京美術1986/川口謙二)、祖神・守護神(東京美術1979/川口謙二)、神々の系図(東京美術1980/川口謙二)、続神々の系図(東京美術1991/川口謙二)、日本靈異記(岩波書店1944/松浦貞俊)、ことわざ大辞典(小学館1982/北村孝一)、天宇受売命掛け軸 (椿大神社)、能(読売新聞社1987/増田正造)、能の事典(三省堂1984/戶井田道三,與謝野晶子)、能面入門(平凡社1984/金春信高)、カラー能の魅力(淡交社1974/中村保雄)、能のデザイン(平凡社1976/増田正造)、歌舞伎のかつら(演劇出版社1998/松田青風、野口達二)、歌舞伎のわかる本(金園社1987/弓削悟)、江戸結髪史(青蛙房1998/金沢康隆)、日本の髪型(紫紅社1981/南ちゑ)、歴代の髪型(京都書院1989/石原哲男)、裝束圖解[上・下](六合館1900-29/關根正直)、日本演劇史(桜楓社1975/浦山政雄、前田慎一、石川潤二郎)、女優の系図(朝日新聞社1964/尾崎宏次)、西洋髪型図鑑(女性モード社1976/Richard Corson、藤田順子 翻訳)、FASHION IN HAIR(PETER OWEN1965-80/Richard Corson)、江馬務著作集第四巻装身と化粧(中央公論社1988/江馬務)、原色日本服飾史(光琳出版社1983/井筒雅風)、 Chodowiecki(Städel Frankfurt1978)、西洋服飾史(文化出版局1973/フランソワ・ブーシエ、石山彰 監修)、おしゃれの文化史[I・Ⅱ](平凡社1976-78/春山行夫)、西洋職人づくし(岩崎美術社1970-77/ヨースト・アマン)、大エジプト展(大エジプト展組織委員会/日本テレビ放送網)、古代エジプト壁画(日本経済新聞社1977/仁田三夫)、フランス百科全書絵引(平凡社1985/ジャック・プルースト)、洋髪の歴史(雄山閣1971/青木英夫)、天辺のモード(INAX1993/INAX)、他参照書籍多数、他ウェブサイト参照、他かつら会社、神社等取材先多数


協力者:

高橋雅夫氏

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