かつらの歴史 第2回 中世~17世紀のかつら・ウィッグ世界史

2015年9月14日

ウィッグの歴史を研究している、アデランス教育指導部の益子達也さんに伺う、世界のウィッグの歴史。今回は中世~17世紀の世界のウィッグです。


―前回の終わりに、キリスト教が台頭したことで、ウィッグの流行が一度すたれた、というお話をされていましたね。

益子:実はそうなんです。特に3世紀から7世紀末くらいまでは、キリスト教ではウィッグは避けるべきものだったようです。3世紀のフランスでは、ある神学者が「他人の髪を加える(ウィッグを使う)のはもってのほか」と非難したという話が残っています。さらに、7世紀末には、コンスタンチノープルで開かれた宗教会議において、「人工の髪を用いるなどをする者には、破門を申し渡せる決議」がなされました。当時の教会は大きな力を持っていましたから、皆、破門されないようにウィッグを避けるようになったんでしょうね。


そんな風潮が変わったのは、12世紀初頭のこと。イングランド王のヘンリー1世が、セルロという司教から髪を切るようにと言われ、髪を切るかわりにウィッグをつけることにしたことにはじまります。これを機に、ロングヘアは12世紀末まで100年近く流行し、宮廷ではウィッグを使用するようになりました。


イングランド王 ヘンリー1世

イングランド王 ヘンリー1世


当時はキリスト教のおひざ元、ビザンチンでもウィッグをつけるためにキリスト教徒が髪を剃っていたというのですから、流行の大きさがわかりますね。


―ウィッグが流行すると、つくる職人たちも増えそうですね。

益子:そうですね。13世紀末になると、フランスでウィッグ師という職業ができ、14世紀末には組織化され同業組合ができました。15世紀になると、イタリアで毛髪や絹糸のウィッグがつくられるようになり、フランスへも輸出されるようになります。そのフランスでは、高貴な女性たちが貧しい女性の髪で作ったウィッグをつけるようになりました。これは市民が貴族たちを憎む原因になったともいわれています。


さらに、15世紀半ば~16世紀初めのルネサンス最盛期ともなると、宗教画の影響もあってか、金髪が流行します。イタリア・ヴェネチアでは、女性は自毛を金髪にすべく染料をつけ、長時間日光にさらしたりしたそうです。このころには、金髪のウィッグなどもでき、男性、女性を問わずおしゃれとしてウィッグを楽しんでいました。


フランスでは、16世紀後半、アンリ2世の王妃カトリーヌ・ド・メディチとアンリ3世によって、ウィッグが本格的に流行するようになります。当時のウィッグは単純で、皮や布に毛を植え、頭巾状のボンネットに縫いつけたものでした。これらは、「ボンネット」「丸形ウィッグ」「神父ウィッグ」となどと呼ばれていたようです。


―当時の貴族は、みんなウィッグだったのですか?

益子:時代によって、国によっても違いますね。例えば、イングランドでは16世紀の初め、ヘンリー8世の頃はまだ断髪でしたが、16世紀末のエリザベス1世は、固いカールのウィッグと、絹糸のまざったものを80個も持っていましたし、いとこのスコットランドのメアリ・スチュアート女王は、もっと多く持っていたようです。


イングランド女王 エリザベス1世

イングランド女王 エリザベス1世


ウィッグが本格的に流行したのは、17世紀前半、フランスのルイ13世の時代からです。若かりし頃から髪の薄かったルイ13世は、23歳の時からウィッグを使い始め、これがまず宮廷へ拡がり、市民層にまで普及していきました。この時のウィッグのスタイルはラブロックというもので、左方が長い房毛を垂らしていていました。技術的にはかなり精巧なものでしたが、かぶると暑く、安定もしなかったようです。


フランス国王  ルイ13世

フランス国王 ルイ13世


息子のルイ14世は、髪は豊かでしたが、やはり徐々に心もとなくなり、35歳の時に入れ毛をしています。そして、その後40人のウィッグ師を雇い、ウィッグを作りました。最初は自毛を活かした穴のあいたウィッグを用い、剃髪してからはTPOに合わせ、起床用、ミサ用、昼食後用、夕食用、狩猟用、儀式用などと使い分けたというから徹底していますね。髪の色はブロンドから黒、そして晩年には白へと変えたそうで、それがまたヨーロッパで流行しました。


ちなみに、フランスではウィッグの髪が国内ではまかないきれなくなり、ドイツより輸入したそうです。また、白髪は手に入らず高価であったので、白い髪粉が使われるようになりました。


上層階級の女性は、くつろぎ用、乗馬用、家庭用、外出用などと分かれており、朝は黒、昼は褐色、夜はブロンドと変えていたようです。さらに、ルイ14世の愛妾フォンタンジュが作ったヘアスタイルから、段々と頭上に高く上げる大頭が流行。ここに使う入れ毛が、女性ウィッグの始まりと言われています。


こうしてフランスを中心に広まったウィッグは、イギリスでも流行し、さらに大陸へと渡ることになります。次回はこの18世紀~現代の世界のウィッグのお話をご紹介しましょう。


本連載分の年表 第2回 中世~17世紀のかつら・ウィッグ世界史





    >第1回 古代における世界のかつら・ウィッグの始源

    ・第2回 中世~17世紀のかつら・ウィッグ世界史

    >第3回 18世紀~現代のかつら・ウィッグ世界史

    >第4回 神代のかつら・ウィッグ日本史

    >第5回 古代〜万葉の時代のかつら・ウィッグ日本史

    >第6回 能や歌舞伎のかつら・ウィッグ日本史

    >第7回 明治〜現代のかつら・ウィッグ日本史




参考文献:

現代髪学事典(NOW企画1991/高橋雅夫)、髪(NOW企画1979/高橋雅夫)、古事記・日本書紀(河出書房新社1988/福永武彦)、万葉集[上・下](河出書房新社1988/ 折口信夫)、神社(東京美術1986/川口謙二)、祖神・守護神(東京美術1979/川口謙二)、神々の系図(東京美術1980/川口謙二)、続神々の系図(東京美術1991/川口謙二)、日本靈異記(岩波書店1944/松浦貞俊)、ことわざ大辞典(小学館1982/北村孝一)、天宇受売命掛け軸 (椿大神社)、能(読売新聞社1987/増田正造)、能の事典(三省堂1984/戶井田道三,與謝野晶子)、能面入門(平凡社1984/金春信高)、カラー能の魅力(淡交社1974/中村保雄)、能のデザイン(平凡社1976/増田正造)、歌舞伎のかつら(演劇出版社1998/松田青風、野口達二)、歌舞伎のわかる本(金園社1987/弓削悟)、江戸結髪史(青蛙房1998/金沢康隆)、日本の髪型(紫紅社1981/南ちゑ)、歴代の髪型(京都書院1989/石原哲男)、裝束圖解[上・下](六合館1900-29/關根正直)、日本演劇史(桜楓社1975/浦山政雄、前田慎一、石川潤二郎)、女優の系図(朝日新聞社1964/尾崎宏次)、西洋髪型図鑑(女性モード社1976/Richard Corson、藤田順子 翻訳)、FASHION IN HAIR(PETER OWEN1965-80/Richard Corson)、江馬務著作集第四巻装身と化粧(中央公論社1988/江馬務)、原色日本服飾史(光琳出版社1983/井筒雅風)、 Chodowiecki(Städel Frankfurt1978)、西洋服飾史(文化出版局1973/フランソワ・ブーシエ、石山彰 監修)、おしゃれの文化史[I・Ⅱ](平凡社1976-78/春山行夫)、西洋職人づくし(岩崎美術社1970-77/ヨースト・アマン)、大エジプト展(大エジプト展組織委員会/日本テレビ放送網)、古代エジプト壁画(日本経済新聞社1977/仁田三夫)、フランス百科全書絵引(平凡社1985/ジャック・プルースト)、洋髪の歴史(雄山閣1971/青木英夫)、天辺のモード(INAX1993/INAX)、他参照書籍多数、他ウェブサイト参照、他かつら会社、神社等取材先多数


協力者:

高橋雅夫氏

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