かつらの歴史 第5回 古代〜万葉の時代のかつら・ウィッグ日本史

2015年10月26日

ウィッグの歴史を研究している、アデランス教育指導部の益子達也さんに伺う、ウイッグ(かつら)の歴史。今回は古代〜万葉の時代のかつらについてお伺いします。
By J.F. Gaffard

―前回のお話で、神様の時代にまでウィッグがあることにびっくりしました。では、日本人の日常にかつらが伝わったのはいつ頃でどこからだったのでしょうか?

益子:世界的な起源や伝播の記述はありませんが、私は地理的なものや歴史的なことから、まずウィッグの起源は古代メソポタミアであろうと考えられ、西洋ではエジプトに伝播しましたが、東洋へはシルクロードを経て中国へと伝わったと想像できます。中国では、紀元前3世紀に成立した前漢の時代に記された『漢書』(完成は紀元直後)にかつらが登場します。おそらくこれは菖蒲のかつらであり、病気除けの俗信がもとになったのでしょう。そして、やや時を経てこれが日本に伝わったのだと考えられます。神代のウィッグは、古事記の編纂が712年ですので、おそらくこの頃のウィッグの風習が古事記などに反映されたものと考えます。


この菖蒲かつらは、日本に入り、天皇や大臣などが髪に菖蒲を挿して髪飾りとしました。これはやがて民間にまでひろまり、髪挿し(挿頭/かざし)、つまり今のかんざしの起源となりました。


629~759年頃の万葉集には、その菖蒲かつらを詠んだ歌がいくつかあります。さらに葡萄蔓(えびづる)、日蔭鬘(ひかげかづら)などのつるくさのかつらや、楮(こうぞ)の皮で作った裂(きれ)を巻く木綿鬘(ゆうかづら)、枝葉のかつらである榊鬘(さかきかづら)や柳、花、稲、玉鬘(たまかづら)などがありました。


これらは、髪の乱れを防ぐとか装飾用とは別に、髪の少ない女性がつけ髪として使用したようです。万葉集の中には、若草を添え毛とした歌があります。今も昔も変わらない悩みであり、それを鬘が補っていたんですね。


―万葉集の女性たちも、髪のボリュームに悩んでいたと聞くと、とても親近感がわきます。実際にこれらの鬘は、現在にも残っていたりするんですか?

益子:ごく一部ですが、古墳などから出土しています。そこから学者や研究者たちは、完全な状態を想像しているのです。


たとえば、『日本書紀』の安康・雄略天皇の条には、かつらの一種である押木玉縵(おしきのたまかづら)が登場します。押木とは、頭を覆うという意味です。この押木玉縵は、幻のアクセサリーとされ、江戸時代の国学者である本居宣長をはじめ、現代に至るまでさまざまな学者が取り上げてきた謎でした。


けれども、1988年11月、奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳の石棺より、華麗な玉すだれ状の装身具が偶然発見されたのです。「これが押木玉縵ではないのか」と研究者たちがさまざまな角度から検証し、1989年3月に学説とされました。この発見された玉鬘は、大小のガラス玉で編み上げたもので、二十歳くらいの男性が使用していたものであろうとされています。


藤ノ木古墳

藤ノ木古墳 By 663highland


頭部はオレンジの粟玉の周りを濃紺の大玉が縁取り、びっしりと同心半円状になっていて、頭部から背中の部分は幅17cm、縦65cmの大きさに糸で編み、縦の列は黄玉とうす緑玉が交互に並べてあるものでした。そこから想像すると、押木玉縵とはガラス玉で編み上げた頭巾のようになっており、背中にかけてタオル状に垂れ下がっているものだったようですね。


―遺跡が出土したことによって、昔の書物に書かれていたウィッグが明らかになったんですね。すごい! ところで、先ほどから鬘(かづら)という名前がよく出てきますが、かつらという言葉もここからきているのですか?

益子:そうなんです。古代では布や植物、玉などをかつらとし、髪の乱れを防いだり、または装飾として用いていました。菖蒲やつるくさも、それらの一例だったんですね。


「か」は「髪」、「つら」は「つる」つまり「つるくさ(蔓)」を表現しています。それはさらに髪に連なる意味と、蔓が長く連なっていることなどから「髪連(かつら/[かみつら])」となり、「髪葛(かつら/[かみかづら])」となりました。植物の葛は鬘に通じています。漢字のつるくさは蔓と書き、日本ではかつらはくさかんむりを、かみかんむりにして鬘と転じました。つるくさは、もともと神秘的な力が宿っていると信じられていて、古代の人はこれを頭に巻いて祈りをささげていました。これは、今日の大嘗祭にも冠鬘として伝わっています。


別説として「かつら」の「か」は、美しい意の接頭語で、「か蔓」が「かつら」となったと想像します。 さらにある説によりますと、「かつら」の語源は古来、情動そのものであったというのです。そこから髪、つるくさなどに充てられたと考える向きもあります。


「かつら」の「か」は怒りと気づきなどの表現であり、「つ」は付くや着く、至ることであり、「かつ」(接続詞)は関係すること。「ら」は彼らなど複数、多方面のこと。まとめて「かつら」は纏わりつきながら広範にめぐること。つまり「かつら」は情動として、心の感情・胸中が思いで満ち満ちていることから、つるくさのように広範にめぐる植物などを「かつら」と、後年になって充てたのではないかということです。つるくさなどの植物ありきではなく、「かつら」の語源は情動から始まったとし、本来の学者が唱える説とは異なっていることは興味深いと思います。


かずら、かづら、かつらなどの表記の違いは、私見として「す」系は装飾要素の髪に挿すかざし(挿頭)の「さ」行から、「つ」系は髪に(巻き)着ける要素のつるくさの「た」行から繋がっているものと推察します。 「かつら」のつけ毛や入れ毛の表記として、万葉仮名という独特の文字表現を使って作られた万葉集では、「加豆良」「加津良」などと表されました。江戸時代の書物では、「加都良」と表現されたものもありますね。それがやがて次回説明する「かもじ」につながっていきます。


このかつらは、能や歌舞伎などの芸能でも活用されるようになります。次回はそのお話をご紹介しましょう。


本連載分の年表 第5回 古代〜万葉の時代のかつら・ウィッグ日本史





    >第1回 古代における世界のかつら・ウィッグの始源

    >第2回 中世~17世紀のかつら・ウィッグ世界史

    >第3回 18世紀~現代のかつら・ウィッグ世界史

    >第4回 神代のかつら・ウィッグ日本史

    ・第5回 古代〜万葉の時代のかつら・ウィッグ日本史

    >第6回 能や歌舞伎のかつら・ウィッグ日本史

    >第7回 明治〜現代のかつら・ウィッグ日本史




参考文献:

現代髪学事典(NOW企画1991/高橋雅夫)、髪(NOW企画1979/高橋雅夫)、古事記・日本書紀(河出書房新社1988/福永武彦)、万葉集[上・下](河出書房新社1988/ 折口信夫)、神社(東京美術1986/川口謙二)、祖神・守護神(東京美術1979/川口謙二)、神々の系図(東京美術1980/川口謙二)、続神々の系図(東京美術1991/川口謙二)、日本靈異記(岩波書店1944/松浦貞俊)、ことわざ大辞典(小学館1982/北村孝一)、天宇受売命掛け軸 (椿大神社)、能(読売新聞社1987/増田正造)、能の事典(三省堂1984/戶井田道三,與謝野晶子)、能面入門(平凡社1984/金春信高)、カラー能の魅力(淡交社1974/中村保雄)、能のデザイン(平凡社1976/増田正造)、歌舞伎のかつら(演劇出版社1998/松田青風、野口達二)、歌舞伎のわかる本(金園社1987/弓削悟)、江戸結髪史(青蛙房1998/金沢康隆)、日本の髪型(紫紅社1981/南ちゑ)、歴代の髪型(京都書院1989/石原哲男)、裝束圖解[上・下](六合館1900-29/關根正直)、日本演劇史(桜楓社1975/浦山政雄、前田慎一、石川潤二郎)、女優の系図(朝日新聞社1964/尾崎宏次)、西洋髪型図鑑(女性モード社1976/Richard Corson、藤田順子 翻訳)、FASHION IN HAIR(PETER OWEN1965-80/Richard Corson)、江馬務著作集第四巻装身と化粧(中央公論社1988/江馬務)、原色日本服飾史(光琳出版社1983/井筒雅風)、 Chodowiecki(Städel Frankfurt1978)、西洋服飾史(文化出版局1973/フランソワ・ブーシエ、石山彰 監修)、おしゃれの文化史[I・Ⅱ](平凡社1976-78/春山行夫)、西洋職人づくし(岩崎美術社1970-77/ヨースト・アマン)、大エジプト展(大エジプト展組織委員会/日本テレビ放送網)、古代エジプト壁画(日本経済新聞社1977/仁田三夫)、フランス百科全書絵引(平凡社1985/ジャック・プルースト)、洋髪の歴史(雄山閣1971/青木英夫)、天辺のモード(INAX1993/INAX)、他参照書籍多数、他ウェブサイト参照、他かつら会社、神社等取材先多数


協力者:

高橋雅夫氏

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